アダムとイヴは実在した?


アダムとイヴのお話は”キリスト教”という特定の宗教の話になってしまいますが、その昔に科学と宗教をリンクさせようとした有名な話なので取り上げてみましょう。
聖書によると、人類は全てアダムとイヴというたった1ペアの男女の子孫だとされていますね。
そしてその始めの男女は、神によって作られたとされています。(アダムは土から、イヴはアダムの肋骨から作られたそうです)
 
まあそれは宗教の話なので置いておくとして、現在の全ての人類は、ある一人の女性の子孫であることが分かっているそうです。
その女性とは、約16万年前に生きていたとされるアフリカの女性です。
つまり今生きている人類は、皆彼女の子孫なわけです。「人類みな兄弟」とは言いますが、まあそれはある意味で当たっていますね。
因みにその女性のことを、“ミトコンドリア・イヴ”と言います。
 
簡単に言うと、ミトコンドリアというのは母親からのみ子に遺伝します。母親から娘にも息子にも遺伝しますが、息子の子には遺伝しません。息子の子には、子を生む女性のミトコンドリアが遺伝するのです。

この法則は名字とよく似ています。名字は男性のみに継承されますよね?
名字は父から息子へと継承され、娘は旦那さんの名字になりますから。もちろん、婿養子だとかそういうものは無いとして、ですが。
この名字を、ちょうど男女を入れ替えた形で母系で継承するのがミトコンドリアなのです。
そして世界中の様々な人種、民族のミトコンドリアを調べたところ、全て人たちの先祖が大昔のたった一人のアフリカの女性に行き着いた、というお話です。
なので当然ながら、イヴの夫であるアダムについては知るすべはありません。
 
しかしながらここで湧いてくる重要な疑問は、”何故たった一人の女性のミトコンドリアだけが現在まで残ったのか?”ということです。
聖書の説明とは異なり、ミトコンドリア・イヴが生きていた時代には彼女より年上も含め沢山の女性がいたし、そもそもイヴ自身も女性から生まれています
なのでイヴは、自分がまさかイヴになるなどということは想像もしていなかったでしょう。
 
普通に考えると、確率的に色んな女性のミトコンドリア遺伝子がまんべんなく現代人に残っていそうな気がしませんか?
何故たった一人なのでしょうか?
これを上記の名字のケースで例えるなら、日本人の全ての名字が”鈴木さん”になってしまうような不思議な現象なのです。
 
私が科学誌でミトコンドリア・イヴの記事を読んでその存在を知ったのは、高校時代でした。そしてその記事には日本のある小さい島で、代を重ねるごとに全ての人が同じ名字になってしまう現象が実際に起きたと書かれていました。
更に記事には「そうなる確率が最も高く、それはコンピューターシミュレーションで容易に検証できる」と書かれていて、そのことがずっと私の頭の片隅にこびり付いていました。
受験勉強をしながらも、いつかそのシミュレーションを自分でやってみたいと思っていたのです。
 
そして私が大学一年の時に自分のパソコンを買って、始めて行ったシミュレーションがこれでした。
このシミュレーション計算には解析解なんてものは無いので、結果がどうなるのか分らずにドキドキしたのを覚えています。
(当然、コンピュータープログラミングの書籍にも、こんな物のアルゴリズムはどこにも載っていません)

つまりこれが私が自分の力だけで行った、生まれて初めてのコンピューターシミュレーションでした。そしてこのシミュレーションのプログラミングが、後の学生生活を大きく変えることになるのですが……、まあその話は置いておいて。
 
ミトコンドリアのシミュレーションと考えると難解なので、ここでは上記の様な名字のシミュレーションとして考えてみましょうか。
それで実証できれば、男女を入れ替えることでミトコンドリア・イヴのケースも実証されますからね。
 
つまり、大昔に人類の全てが一人に一つずつ違う名字を持っていたとしましょう。そして名字は男の子だけに継承されるとします。
それを現代まで何世代も経るうちに、全ての人類が同じ名字になってしまった、といったことをコンピューターシミュレーションで確認すれば良いのです。
こう考えたほうが、ずっと簡単ですね。
 
大学一年生の私は自分でアルゴリズムを考え、実際にこのシミュレーションをプログラミングしてみました。
具体的には乱数を使って子供の性別や生まれる数を確率的に与え、全ての子が結婚すると仮定したのです。後から思えばとても単純なモデルですが、当時の私にはこれが限界でした。しかしながら、当時の私が満足するのに十分な結果が得られたのです。
 
ワクワクしながらプログラムを実行すると、面白いことに始めは人類が絶滅してしまいました。どうやら生まれる子供の数のパラメータが不適切だったようです。考えてみれば人類の数は過去からずっと増加し続けているので、子供が生まれる数の確率を少しずつ人口が増えるように再調整しました。
するとなんと、確かに世代を経るにつれて、全ての人類が一つの名字に収束したのです。
もちろん何度も計算を繰り返すと同じパラメータであっても二つの名字に収束することもあるし、まれに絶滅することもありました。ですが人類が生き残って数を増やすケースでは明らかに、一つの名字に収束することが多かったのですよ。

感覚的にはまんべんなく様々な名字が残りそうですが、実際に計算するとそうはならないわけですね。
つまり全ての人類が、例えば”鈴木さん”になるケースが最も多く、そうなる確率が最も高かったのです。
この計算で仮定した“名字”を“ミトコンドリア”に入れ替えて考えてやれば、そのままミトコンドリア・イヴのシミュレーションとなりますね。
 
時々この事実をもって、聖書の言うところの「アダムとイヴの話が科学的にも正しいことが証明された」、なんて言っている人がいますね。ですがそれは明らかにミスリードです。
科学と宗教をリンクさせることはそれほど簡単ではありません。(不可能だとは言っていませんよ)
 
例えば今現在、全ての人類が鈴木さんになっていたとしても、今を生きる人類は鈴木さんと同世代の、他の多くの男性の遺伝子も引き継いでいることが容易に分かりますね? 女系を辿れば色々な男性が居るわけですから。
たまたま名字という形で残ったのが、鈴木さんという男性だっただけなのです。
 
そもそもミトコンドリア・イヴ自身が母親から生まれていることからも、聖書の教えとは異なることが判りますね。
「ならばその母親こそが本物のミトコンドリア・イヴではないか?」と思うかもしれませんが、ミトコンドリア・イヴの定義自体が、”一番最近生まれたミトコンドリア・イヴ”なのです。科学的に、それ以外の定義はありません。
 
余談ですが、ミトコンドリアが女性だけに遺伝するのに対し、Y染色体は男性だけに遺伝することは理科で習いましたよね?
実はミトコンドリア・イヴと同様の考えで、“Y染色体アダム”と呼ばれる男性も居たとされています。これは男系の共通の祖先ですね。
ちなみにこの“Y染色体アダム”は約27万年前(諸説あり)に生存していたとされていて、イヴとは歳の差が11万歳程もあります。
よってこの二人が夫婦であったことはあり得ません。
 
 
これらのことから、全ての人類が同じ一人の女性のミトコンドリア遺伝子を受け継いでいることは極めて自然なことであり、そこに特別な力が働く必要はありません
これは宗教ではなく、科学の話なのです。
その事をくれぐれも忘れないで下さいね。
 
ただし、ミトコンドリア・イヴの発見は、昔一部で言われていた「白人はチンパンジーから進化し、黒人はゴリラから進化し、アジア人はニホンザルから進化した」などというアホな説が嘘であることも同時に証明していますね。

人種に関わらず、現存する人類は全て同じ一人の女性の血を引いているのです。


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