本当に重要なことは何も選べない


人間は皆平等で「努力は報われる」とは言いますが、実際には本当に重要なこと、重要なものは何も選べないと思いませんか?

例えば、、、
生まれる時代、国、人種、性別から始まり、両親、才能(DNAで決まるもの)、体質(DNAで決まるもの)は選べないし、教師、上司も選ぶことは出来ません。
更に言えば、就活する時の“景気の良し悪し”だって選べませんね。

これらはどれも人生に決定的な影響を与えるレベルのものですが、自分で選ぶことはできません。言ってみれば全て“運”です。
これを今風に言うなら、“ガチャ”ですかね。

そんな中で現代の日本ではどのような環境に生まれたとしても、できる限り機会を平等に近づけようと努力していますね。
例えば各種福祉や奨学金の制度、義務教育の無償化などはその一例でしょう。またITの進化により教育の平等も今までよりは改善されるかもしれません。

しかしながら、性別やDNAで決まるものや、生まれる時代はどうしようもありません。
未来の技術として、ゲノム編集やデザイナーベイビーなどの研究もされていますが、倫理的に承認されるかどうかも含めて何も決まっていませんね。
つまりこれから生まれる子供たちも、重要なことは“運頼み”であることは変わらないでしょう。

これでは我々はまるで、演劇の舞台で演じる”舞台役者”の如し。
キャスティング(配役)も脚本も自分では選ぶことが出来ず、気がついたら与えられています。
そんな世界の中で我々はどうやって自分を受け入れ、承認し、そしてどう解釈してこの世界を生きていけば良いのでしょうか?

そもそもこんな問いに答えなどあるのでしょうか?

私はあると考えています。

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