石の軍師

 

 ニューヨークの国連本部ビルにて降伏文章の調印式が行われたことで、中東地域に存在するA国とB国の戦争が終結した。降伏文章にはA国の大統領によって署名がなされ、戦勝国であるB国の首相がそれを見届けた。

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 この時代の陸、海、空の兵器にはその全てにAIが内蔵され、完全に自律型の無人兵器になっていた。少し昔までは兵士が無人兵器を遠隔地からリモートで操作していたが、コンピューターの計算速度の向上とAIのアルゴリズムの進化によって事態は大きく変化した。

 人間が判断して攻撃するのに比べて、AIを搭載する無人兵器は判断の正確さにおいて二十倍以上、武器の照準合わせから攻撃に至るスピードでは実に五百倍以上の性能を誇るまでになっていた。故に戦闘に人間の兵士が介入する余地は一切なくなったのである。

 戦闘機や攻撃機などの空の兵器は、陸、海の他の兵器と比べて最も早い時期にAIによる無人化が進められていた。航空機による攻撃には三次元的な高度な計算を要するために、以前から人間がAIに勝つことは不可能であったが、航空機がいち早く無人化された理由はそれではなかった。航空機の運動性能の向上に対し、パイロットが航空機の発生する加速度、Gに耐えられなくなったためだ。

 人間が耐えることが出来るGは大体9Gあたりが限界とされており、それを超えられない事が航空機の性能向上の足を引っ張ることになっていた。無人化することによってG制限の足枷から開放された航空機は、加速性能や旋回性能が大幅に向上したため別次元のスピードと運動性能を手に入れたのだ。

 それに伴い攻撃を判断し、照準を合わせる時間が人間には不可能なほどに短くなったために、航空機はいち早く完全自律型のAIに置き換わることとなった。こうして人間のパイロットが操縦する旧式の航空機は早々に姿を消したのである。

 世界中を見ても戦争における戦闘で、最後に兵士が死んだのはもう十年以上昔のことになる。その時は一方の国の軍隊が完全に無人の機械兵器に置き換わっていたのに対し、相手国では空軍だけは無人兵器に置き換わっていたが、陸軍はまだ人間の兵士が操縦する戦車や装甲車と歩兵で編成されていた。

 そして両国の空の戦闘は無人航空機同士で勝敗がつかずに共に消耗していき、決着は陸上部隊同士、砂漠での最後の地上戦へと委ねられることになったのだ。

 この最後に人間の兵士が戦った地上戦の様は、とても凄惨であったと語り継がれている。AIを搭載した無人戦車は主砲を一門の他に、四機の対人機関銃を搭載していた。そして戦車に搭載された高性能なレーダーと衛星にリンクされたリアルタイム映像によって、5km以上離れた位置から僅か1秒間に4千人以上の敵歩兵の位置を同時に補足追尾し、機関銃の射程圏内である2km以内に入るまでロックオン(照準合わせ)をし続けた。そして同じスペックを持つ戦車50両全てが遅延の少ない無線ネットワークで連携されており、最も適した位置にある戦車が重複することなく敵を射撃するように統合制御されていた。

 50両の無人戦車はAIによる戦術計算の結果、敵に正対する形で横一列に並ぶ陣形をとった。そして両軍が接近し、やがて敵兵が射程圏内に入った瞬間に全戦車が一斉に機関銃を発砲した。結果、僅か40秒の間に1万人以上の歩兵の全てが頭部を撃たれて命を失ったのである。

 AIが制御する機関銃の照準射撃は重力による弾丸の落下はもちろん、空気抵抗、更に地球の自転の影響から地磁気による微弱な影響に至るまでの全てが精密かつ高速に計算されている。この戦闘における機関銃の命中率は実に96.2%であったとされる。これは人間の兵士には明らかに不可能な数字だ。

 同様にして50両の無人戦車の主砲から打ち出された砲弾は、高速で移動する相手国の100台以上の戦車や装甲車を、圧倒的な命中率とスピードをもって完全に破壊した。そのために必要だった時間も10分以内程度であったとされている。

 さらに50両の無人戦車のうち、兵士が操作をする相手国戦車の砲弾にて損傷を受けたものは実に2台だけであった。このワンサイドの結果はレーダーの有効距離と主砲の射程距離が同等であっても、高速で移動する敵戦車への着弾位置を予測するための計算速度と、その予測の正確さが全く異なっていたためだ。

 これが人間が戦死した最後の戦争であり、この戦争にて歩兵や人間が操作する兵器が、AIを搭載する自律型無人兵器には全く歯がたたないことを世界に知らしめることとなった。そしてこの事実は世界の戦争の形を大きく変えたのだ。

 つまり、どの国であっても自軍の無人兵器が全滅した時点で既に敗戦は確定しているので、更に戦争を続けて無人兵器を相手に人間が戦うことは、無駄に死傷者を出すだけとのコンセンサスが世界中で得られたのだ。そして間を置かずして、国際法によって人間が直接的に戦闘を行うことが禁止されることになったのである。

 この時代の人間たちもついに戦争を根絶することは出来なかったが、もはや戦争において人が死ぬことはない。

 コンピューターの性能が大幅に進化したこの時代にあっても、火薬を使用した銃機や大砲類の弾速、或いは一秒あたりの発射数や射程距離は大きく変化していない。またレーダーの届く距離などの物理的性能、つまり兵器のハードウェアの性能はそれ程大きくは進歩していなかった。

 高度な計算を要する巡航ミサイルや弾道ミサイルについても、その射程距離やミサイル自体の速度と運動性能は技術的に殆ど完成されていて、飽和の域にあった。

 この時代において戦闘の勝敗を決めるものは、もっぱら兵器に使われる〝コンピューターの計算速度〟なのだ。計算速度が速ければ兵器数が少ないハンデであっても、いとも簡単に覆してしまう。

 つまり、〝計算速度こそが力〟。 それがこの時代だ。

 今、国連で調印式が行われているA国とB国の戦争も当然、完全自律型の無人兵器同士の対決であったが、戦闘の経緯はとても異質であった。もともとA国がB国の石油利権を求めて宣戦布告をしたことで開戦となったわけだが、各種情報分析の結果からA国はB国に勝てる見込みが高いと判断していた。故の宣戦布告だ。

 現在、世界各国で配備されている無人兵器に搭載されるコンピューターは、その全てが米国製か中国製の何れかであった。以前は多くの国が競って兵器用コンピューターを開発していたが、長年に渡る熾烈な開発競争の末、この二大国製の製品が全てのシェアを押さえて落ち着く結果となった。何れの物も極めて性能が高く、他国の製品に大きく水を開けていたのだ。

 この時点で米国製のものも中国製のものもスペックは互角とされていたが、実際には米国製のコンピューターが僅かに計算速度で上回ると言われていた。

 A国は米国製のコンピューターを導入していた。対するB国は中国製のものが導入されていることが知られていた。またA国は200機の戦闘機と300両の戦車を保有している。対するB国は150機の戦闘機と200両の戦車数であった。双方とも海に接していない国であるため海軍は存在していない。これらの情報からA国はB国に楽に圧勝出来ると考えたのである。実際にA国内で行われたコンピューターによる簡易シミュレーションにおいても、自軍兵器の損耗率35%以下で相手を全滅出来るとの予測が出ていた。

 A国の大統領はB国でも同様のシミュレーション計算を行うことで、政府が分別のある決断、つまり戦わずして降伏することも期待していた。

 無人兵器同士が戦闘を開始する前に国民を安全な地域へ避難させるために、宣戦布告から戦闘開始まで七日以上の時間を空けることが国際法によって定められている。その七日の間にB国政府内は慌ただしく動いていた。そしてB国は現状では圧倒的に不利な状況にありながら、降伏することなく戦争を選択することを決定した。

 ただし今のままでは勝てる見込みは極めて低いためにイチかバチかで、ある人物の力を借りることが政府内で決められた。その白羽の矢が立った人物が、日本のとある十六歳の男子高校生であった。

 兵器に内蔵される米国製のコンピューターも中国製のコンピューターも、何れも高速なハードウェアとAIを内蔵したソフトウェアから構成されている。そして搭載されるAIは、それぞれ米中国内に設置される国防用のスーパー・コンピューターにて、長時間の機械学習が行われたものだ。

 機械学習ではコンピューター同士が敵味方に分かれて、膨大な数の戦闘シミュレーションを経験している。これは極めて複雑で膨大な計算となるため、学習時間量がとても重要となる。AIの学習時間の単位は、基準となる旧世代のIBM社製のスーパー・コンピューターによる計算で何時間相当になるかで、国際的に規格化がされていた。

 現時点で兵器に搭載されているものは、米国製AIの学習時間が10万時間相当、中国製AIが9万5千時間相当とされている。AIの学習データは兵器の能力に直結するために双方の国にとって重要機密であり、高度に暗号化されているので第三者が読むことは不可能である。これはいわゆるブラック・ボックスだ。

 つまり米国製のコンピューターに内蔵されるAIの方が5%ほど学習時間が長く、ハードウェアの計算速度も僅かに速いことになる。故に米国製のコンピューターの方が総合力で少し高性能だとされているのだ。

 無人兵器同士の戦闘では、照準合わせや着弾位置予測といった単純な計算は殆ど勝敗に関係しない。実際にコンピューターで行われる高負荷の計算の殆どは、数百からなる航空機や戦車を使った最適な陣形、攻撃方法、動きなどのチームワークを使った戦術のための計算である。

 当然、相手のAIも同様の計算をしてくるのでそれを上回る必要がある。つまりこの戦術計算の性能こそが勝敗の鍵となるのだ。

 この戦術計算用AIのソースコードは米中両国で厳重に管理されていて当然公開はされていないが、性能から判断するに、アルゴリズムは両国とも同等であるだろうと予測されていた。しかしながら米国製の戦術計算用AIのコードは、古くはチェス・ゲームのAIコードに起源を持ち、中国製のコードは同様に囲碁ゲームのAIコードに起源を持つことだけは両国によって公表されていた。

 米国製のコンピューターは完全にブラック・ボックス化されていて、内蔵されるAIソフトに第三者が手を加える事は出来ない。対する中国製のものも中身は公開されていないが、外部からプラグインのプログラムを加えることは許されており、そのためのインターフェースも用意されていた。これは米国製のコンピューターに性能で劣ると言われた中国が、米国に対抗して他国に多く兵器を売るために考えた苦肉の策であった。

 プラグイン・プログラムは、上手く働けば戦術計算用AIの性能を上げることが出来るため、B国はそこに目をつけたのである。

 B国は囲碁の世界チャンピオンに中国製AIのプラグイン・プログラムを作らせて、このままでは劣勢のまま始まる戦争で一発逆転を狙うギャンブルに出たのだ。

 ★

 渋沢は県立高校に通う二年生であった。容姿は細身で中背、そして色白で、どこにでもいそうなごく普通の高校生である。ただし彼が現在、囲碁の世界チャンピオンであることを除けば、だ。

 夏休みが近づいてきたある日の放課後、帰宅しようとしていた渋沢は突然担任教師に呼び出され、校長室に行くように命じられた。渋沢は一瞬、なにか悪事でもバレたのかとヒヤヒヤしながら校長室に向かった。だが思い当たることなど何もない。

 渋沢が恐る恐る校長室のドアをノックして開けると、中には校長の他にテレビで見たことがある紺のスーツ姿で六十代ほどの恰幅のいい日本人男性と、黒いスーツ姿で長身の中東系の中年男性が椅子に座って彼を待ち構えていた。

 校長に促されて渋沢は緊張しながら校長の横に座り、二人のスーツ姿の男性らと向かい合った。校長が二人のスーツ姿の男性を紹介した。日本人の男性は日本の防衛大臣で、中東系の男性はB国の大使とのことだった。

 はじめに防衛大臣が緊張した面持ちの渋沢に口を開いた。

「君が囲碁の世界チャンピオンの渋沢くんだね。突然だが時間がないので単刀直入に言います。今、B国とA国が戦争をしようとしていることは知っているかね?」

 渋沢は普段から殆どニュースを見ていないので、戸惑いながらも正直に答えた。

「いいえ、あまり詳しくは……」

 するとB国の大使が防衛大臣に目配せをした。

「実はここに居らっしゃる方が君に力を借りたいと言うんだ」

 防衛大臣は事の経緯を詳しく渋沢に説明した。そしてB国とは友好関係にあり、石油貿易も盛んであるから是非とも力を貸してあげて欲しいと渋沢に言った。

「僕は具体的に何をしたら良いのですか?」

 この問いかけに、B国の大使は少し訛りのある日本語で答えた。

「まずは出来るだけ早く、私の国に来ていただきたいのです。そして中国製の戦術計算用コンピューターにあなたの知識を生かしたプラグイン・プログラムを書き加えたい。コンピューター・プログラマーはこちらに居るので安心してください。あなたには囲碁の知識を生かした戦術アルゴリズムを考えていただきたいのです」

 渋沢は困惑した表情で校長と防衛大臣の顔を交互に見た。

「中東まで旅行となると学校も休まないといけないし、両親にも相談しないと……」

 はじめに校長が渋沢の方に翻った。

「学校のことはちゃんと出席扱いにするから安心しなさい。テストや単位も含めて悪いようにはしない事を私が約束するから」

 すぐに防衛大臣も続けた。

「もちろん、ご両親とちゃんと話し合って決めてください。ただしこちらは余り時間がないので、返事だけは早くもらえるようお願いします。中東までの飛行機も宿泊先も全てこちらで用意してあるから、君さえ決断してくれればすぐにでも行けるようになっているんだ」

 渋沢はこれから家に帰ってネット対戦ゲームでもやろうと思っていたので、この突拍子もない事態を理解し飲み込むのに少し時間が必要であった。するとB国の大使が考え込む渋沢の顔をじっと見て、懇願するような表情でこの十六歳の少年に言った。

「渋沢さん。急かして申し訳ないのですが時間がないのです。向こうに着いたら、コードを書く時間にテストをする時間も必要となります。なので返事を急いでもらえますか? もし協力していただけたなら、我が国としてもこの御恩は決して忘れません」

 渋沢は今までに経験したことのない大人からの圧力を感じ、萎縮してしまった。

「わかりました。今夜、両親と相談して決めます。夜中までには返事ができると思いますので、それでいいですか?」

 三人の大人たちは互いに顔を見合わせて頷きあい、B国の大使が強い目力で渋沢を見た。

「結構です。今晩、返事をお待ちしています」

 すると防衛大臣が少し厳しい表情で続けた。

「それと今回の件は国の最高機密だから、両親以外の誰にも口外しないように注意して下さい。学校の生徒たちには急遽、外国の囲碁大会に出ることになったとでも言っておくから安心して下さい」

 渋沢はお辞儀をして校長室から出ると、急いで帰路についた。家で父が帰るのを待って、渋沢は父と母に今回の件について全てを話した。

  母は息子の身の安全を心配したが、渋沢は戦争で人間が危険になることはないことと、開戦前には日本に帰れることを話した。父は特に反対することもなく、自分で決めなさいと言った。

 囲碁以外で自分が注目されたり役に立った経験が無かった渋沢は、自分が役立てるチャンスだと考えて殆ど迷うことなく今回の依頼を引き受けることにした。最終的にはこの判断に、母も賛成してくれた。

 渋沢はすぐに学校で受け取った連絡先に書かれていたB国の大使館に電話をし、依頼を引き受けると言うと、大使は大いに喜んでいた。

 B国はその夜のうちに車を派遣すると言って、深夜に黒塗りのハイヤーが渋沢の家の前に到着した。渋沢は着替えなどの最小限度の準備だけをしてハイヤーに乗り込み、その足で空港へと向かった。

 中東に向うB国の快適なチャーター機の中で、渋沢は緊張しながらも束の間の睡眠をとった。

 B国に到着した渋沢は、VIPとしてすぐにまた黒塗りのハイヤーで国防総省に向かった。到着した国防総省のコンピューター・ルームには、現地人の三人のコンピューター・プログラマーと若い通訳の女性、そして普通の人は見る機会のない高性能な中国製コンピューターが待ち構えていた。渋沢は全員に紹介され、全員と握手をした。

 挨拶もそこそこにしてプログラマーの主任の男が早口で話し始めた。

「渋沢さん、時間が限られているので早速ですが本題に入ります。既にお聞き頂いていると思いますが、我々のコンピューターに搭載されるAIは中国製で元々は囲碁のゲーム用AIを起源に持ちます。そして相手国のものは米国製でチェス・ゲーム用のAIを起源に持つそうです。もちろん兵器用AIを作るに当たり双方とも大幅に改造され機能も追加されていて、今では別物になっているはずです。ところが過去に勃発した幾つかの実戦の結果を見る限り、どちらのAIもソフトウェアの性能は互角であるとされています」

 渋沢が小さく頷いた。

「そのお話は大体理解しています。僕はたしかに囲碁の世界チャンピオンですが、コンピューターやAIについては素人なので果たしてお役に立てますでしょうか?」

 主任の男性が続けた。

「プログラムは全て我々が作るので、あなたにはアルゴリズムを考案していただきたい。米国製と中国製のAIではソフトウェアの性能は互角ですが、今現在、ハードウェアの計算速度は米国製が数パーセント程度速く、学習時間も5%程度多いとされています。わずか数パーセントの差と思うかもしれませんが、二十四時間以内に終わる無人兵器同士の戦闘では、この数パーセントの差が完全にワンサイドになるほどの大きな差となるのです。しかも兵器数でも我々はA国に劣っています。よって今のままでは我々が勝てる見込みは非常に低い。そこで我々が考えた窮余の策が、プラグイン・プログラムによるAIの性能アップなのです」

 椅子に座っている別のプログラマーが続けた。

「中国製のコンピューターには、プラグイン・プログラムのためのインターフェースが備えられています。つまり内蔵するAIで勝つための最適な解が見つからなかった際には、プラグイン・プログラムを読み込んで戦術の再計算が実行できるようになっているわけです」

 少し間をおいて、主任の男性が鬼気迫る表情で渋沢の目をじっと見た。

「どうでしょう? 囲碁の戦術がチェスの戦術に勝つような良い手はないでしょうか?」

 渋沢は右手を顎に当てながら目を瞑って少しの間考えた。

「元々、囲碁とチェスはかなり違うゲームなのですが……。はじめに今までに中国製AIがとった戦術を見せていただけますか?」

 渋沢は大きなモニタに映し出された、過去の戦闘や訓練で中国製AIがとった戦術をCGにしてまとめられたものを凝視した。そして何度も何度も見直しているうちに、いつの間にか二時間が経過していた。

 CGで描かれた無人兵器を囲碁の石だと思って見ると、意外と兵器用AIが囲碁ゲームを起源に持つという話も真実味を帯びていると感じた。そして三時間が経過した頃に、渋沢はふと一つの違和感をおぼえた。もしもこれが囲碁の対局だと考えると、ある戦術がすっぽりと抜けている気がしたのだ。しかもそれは渋沢が得意とする戦術であり、渋沢を世界チャンピオンにするために不可欠な戦術でもあった。

 渋沢の見る限り、無人兵器は確かにチームワークで戦術的に戦い、そのための複雑な計算をリアルタイムでしているようだった。しかしながらその戦術は、攻撃こそチームワークを使って様々な役割を兵器に割り振っているが、防御に至っては状況によらず全ての兵器が回避第一優先の行動をしているように見えたのだ。

 これでは勝敗が極端になりやすい。兵器の性能差が僅かであっても結果がワンサイドになりやすいのは、そのためだろうと渋沢は踏んでいた。

 囲碁の対局において、渋沢が得意とする戦術は上手な〝犠牲作り〟であった。その絶妙とも言える犠牲の石を作ることで、渋沢は世界の強敵相手に数え切れない勝ちを拾ってきたのだ。

 この戦術はチェスにはないものだから、米国製AIにも搭載されていない戦術である可能性が高い。逆に囲碁ゲームを起源に持つAIならば、犠牲を作るアルゴリズムとも親和性が高いはずだ。いや、むしろ囲碁ゲームが持っていた本来のアルゴリズムが兵器化される過程の何処かで削除された可能性が高いだろう。

 渋沢はそのことをプログラマーらに伝えた。そしてプラグイン・プログラムにわざと犠牲となる石、つまり防御をしたり攻撃を回避するふりをしながら実は破壊される役割の兵器を決めることで、全体としては最終的に勝つことを目指すアルゴリズムを考案した。

 犠牲とする兵器数は、最大で全体の10%とした。そしてプログラマーらがそれを速やかにプログラムのコードにして、プラグイン・プログラムを完成させた。

 残された時間でプラグイン・プログラムが正常に動くことの確認テストと、バグがあればその修正作業を残すが、渋沢の役割はここまでだ。実際のAI同士の戦闘は人間の能力を大幅に超えているため、結果は誰にも予測できない。それでも完全に劣勢な状況から、一縷の望みを掴んだとB国政府は考えていた。

 B国の大使は渋沢に最大級の感謝の意を表し、戦争が終結したらまた旅行で遊びに来るようにと言った。渋沢は自分が考案したアルゴリズムが上手く働いて、劣る兵器数と計算速度のハンデを覆すことを祈りつつ日本への帰路についた。

 三日後、A国とB国が開戦したとのニュースがネットやテレビで報道された。国際的に関心の高い地域であるため、戦闘の様子はテレビにてリアルタイムで世界中に中継された。渋沢は両親と供にその様子を、今までに経験したことのない高揚感と供に見守っていた。

 戦闘の初期段階ではA国軍が圧倒的に優勢に見えた。B国の無人兵器は相手に殆ど損傷を与えることなく、犠牲として想定していた10%を破壊されてしまったのだ。そしてそのまま巻き返すこともなく40%もの無人兵器が破壊されてしまう。

 世界中の誰も渋沢が考案したプラグイン・プログラムの存在など知らないため、この時点で予想通りA国の圧勝だと考えていた。

 ところが破壊された兵器数が40%を超えたあたりから戦局が突然変わった。まるで今まで静かに大きな落とし穴を掘っていたかのように、突然B国軍の一斉攻撃がA国の兵器を捉え始めたのだ。

 B国軍の中国製AIは戦いながら相手との戦力差を計算し、序盤で既に勝算が低いと判断してプラグイン・プログラムを読み込んでいた。そして戦術を再計算し、自律的に犠牲となる兵器数を40%まで増やす判断をしていた。それらの兵器は攻撃を回避しているふりをして、実はわざと攻撃を受けやすい振る舞いをしていたのだ。

 A国の兵器からは犠牲となる兵器への攻撃が計算上容易いため、これら兵器への攻撃に全体が集中するように巧妙におびき出されていた。そして40%が破壊されたタイミングで温存していたB国の残りの兵器が、おびき出される予想場所に対し速やかに陣形を作り、集まったA国の兵器に一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

 結果、A国の兵器は一方的に攻撃を受け、B国の兵器数は殆ど変わらないまま、ついにA国の兵器数は全体の10%にまで減った。そして8%を切った時点でA国の無人兵器は白旗シグナルを通常電波で送った。これは軍隊の降伏を意味するもので国際法によって定められており、高価な兵器の数を少しでも残すために考えられた工夫だ。

 中国製のAIにはこの白旗機能は入っておらず全滅するまで戦ってしまうが、米国製のAIには彼我双方の戦力を比較して全滅による敗戦が強く推定された時には、白旗シグナルを送る機能が備えられていた。

 結局、本戦闘に要した時間は六時間程度であった。

 こうして世界の予想を裏切ってB国が勝利することで、両国の戦争は終結した。

 渋沢は自分が国際社会に大きな影響を与えたことに少し戸惑いながらも、両親とともに素直に喜んだ。

 夏休みに入った渋沢はB国から再びVIP待遇で招待され、首相から勲章を授与された。ただしこの訪問は他国に知られないよう表向きは囲碁大会への出場ということになっていた。

 渋沢の考案したアルゴリズムは〝シブサワ・プラグイン〟という名で今でもB国で使われている。

 米国はこのまさかの敗戦に驚き、AIの再開発を早急に計画しているという話を渋沢はテレビのニュースで知った。


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