神はすべての人を愛しているのか?


私はあまりキリスト教に詳しいわけではありませんが、キリスト教では”神はすべての人を愛している”と教えていますね。
それがどんな悪人であっても罪人であってもです。
これは宗教の話なので、無条件に信じることが前提なのかもしれませんね。特にキリスト教は「信じることによって様々な神の存在の証拠が見えてくる宗教だ」なんて言われているようですし。

ではこのキリスト教の教えが正しいかどうかを知る方法はあるでしょうか? そう、”ただ信じる”という以外に。

取り敢えず神の存在の是非についてのディスカッションはここでは置いておくとして、キリスト教が真としている以下の2点をここでは真として仮定してみましょう。

1, 神が存在する
2, 神が人間を作った

これらの仮定を元にして「神はすべての人を愛している」ことを科学的に証明できないでしょうか?
ではちょっとトライしてみましょう。

まずはじめに“愛”の定義とは何なのでしょうか?
わからない言葉があった時にその意味を知る一番簡単な方法は、辞書を引いて調べることでしょう。
内容は辞書によってそれぞれ言い回しが異なるでしょうが、私が引いた辞書にはこう書かれていました。

「その人の幸福のために何かをしてあげたいと思う、あたたかい感情」

ここでは取り敢えずこれを”愛”の定義としてみましょう。
次に 幸福について先人たちの知恵に学ぶ に書いた通り、人間の脳はどうやら人ために生きたり行動をすると幸福感を得られるように作られているようですね。
まあこれについては異論がある人も居るかもしれませんが、現時点で私は真理なのかな?と考えています。

そして人のために生きたり行動することは、上記の“愛”の定義に酷似していますね。
“人のために行動する”とはまさか、その人が不幸になるための行動ではないでしょうから、もちろん、“その人が幸福になる方向”の行動だと考えるのが自然でしょう。

よってこう解釈することが出来ます。
人間の脳には“人の幸福のために行動する”と自分が幸福になるような仕組みが組み込まれていると。
そして 人間の行動原理はただ一つ に書いた通り、人間の行動は全て自らの幸福度を上げるためのものでした。
ならばすべての人間の行動原理の中に高い優先順位で組み込まれているものは、“人を愛すること”とイコールだと解釈できるでしょう。

つまり本人が自覚していようがいまいが、全ての人間の脳の中には“人を愛すること”が基礎的な機能として組み込まれている。
そしてすべての人は誰かから愛される事があると仮定する(これは親からでもいいし、本人が死んだ後の未来人からでも良い)。
もしキリスト教が言う通り神が人間を作ったとするなら、この”人が互いに愛し合う”脳の仕様も神が作ったものなので、これは間接的に神がすべての人を愛している証拠である。

以上、証明終わり。
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上記をくだいて言えば、人からの愛情を受けることによって間接的に神からの愛情を受けているということです。
その人にあなたを愛させているのは神であり、神からの愛は人を介して与えられる、ということですね。


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