あなたの人生は何モード?


著書、”五体不満足”で有名な乙武洋匡さんがこの様なことを言っていました。

「僕の人生は、生まれた時からスーパーハードモードなんです」

これは自分の人生をコンピューターゲームに例えた言葉ですね。
RPGにしてもFPSにしても、アドベンチャーゲームやシミュレーション系のゲームにしても、コンピューターを相手に行うゲームは最初にゲームの難易度が選べることが多いですよね。

それこそ、イージーモード、ノーマルモード、ハードモード、スーパーハードモードみたいな感じで。
(もちろん表記はゲームごとに異なりますが)
例えば私が昔にはまったプレステ用ゲームの、“バイオハザード”にしてもそんなモードがありました。
つまり乙武さんは、自分の人生をゲームに例えるとスーパーハードモードだと言ったわけです。
生まれながらに四肢が無いのですから、これについては殆どの人は異論が無いことでしょう。
だって朝起きて歯を磨いて顔を洗って着替える様な、普通の人にとっては当たり前のルーティーンを想像するだけでもとても困難そうですよね……。

しかしながらゲームモードを決めるのは当然、障害の有無だけではありません。
五体満足で健康体であっても、ハードモードな人生の人はたくさん居ます。
例えば、今風の言葉で言うなら親ガチャに外れて毒親を引いた人や、貧困家庭で育った人。運が悪く事故や病気に遭ったり、犯罪の被害者になった人も居ることでしょう。

そしてゲームモードを決める要素の中で、きっと最も多くの人に当てはまるのが自分のDNA(遺伝子)によって決まるものでしょう。これを砕けた言葉で言うなら、”天性の才能”です。

これは自分で選ぶことができませんが、どのジャンルであっても明らかに高い才能を持った人も居れば、平均的な才能の人もいるし、平均以下の才能しか持っていない人も居ます。そしてこれらの人間の持つ能力が正規分布に従うことも知られています。
一般に言われる”才能”以外のものであっても、例えば体質や容姿などもDNAでかなりの部分が決まってしまいますね。
もっと言えば性格だってDNAで決まる部分が多くあることでしょう。これについては 人間の価値とは結局なんなのか に書いたとおりです。

当然ながら高い才能を持っている人にとっては、多くの場合は人生をイージーモードで過ごすことが出来るし、逆に低い才能しか与えられなかった人にとっては、多くの場合はハードモードになることでしょう。
そして大人になった今では私は、”努力や挑戦が出来るかどうかもDNAでかなり決まっている”のだろうと考えています。
(若い頃には、やる気や根性の問題だと思っていました)

もちろんこれはあくまでゲームモードの話であって、イージーモードでもゲームをクリアできない人も居れば、ハードモードであってもクリアしてしまう人も居ますね。
しかしその難易度が大きく異なることもまた確かなのです。

よってそもそもゲームモードが違う人と結果だけを比較すること自体が全くもってフェアではありません。
健常者が100mを15秒で走るのと、乙武さんが同じタイムで走るのとでは結果が同じであっても難易度が全く異なりますよね?
なので自分の人生を他人と比べる事に私はあまり意味を見いだしていません。

因みにゲームに於いてハードモードをクリアできるのは、きっと上級者でしょう。
余談ですが、私がはじめてバイオハザードをハードモードでプレイした時には、一匹目のゾンビに殺されました(笑)。

ゲームに於いてキャラクターをコントロールするのは自分の手ですが、現実世界に於いては自分の“意志”です。
よってハードモードに選ばれた人は上級者ということで、優れた意志が求められるのだと思います。
そしてハードモードでゲームをクリアした時の喜びは、簡単なモードではきっと得られないものになることでしょう。

結局、自分に与えられた才能や環境の中で、最大のパフォーマンスを出した人が一番の成功者なのだと私は考えています。
他人は憧れたり参考にしたり目標としたり、または競い合ったり切磋琢磨することによって自分のパフォーマンスを高めるために存在してるのであり、結果を比べる対象ではないと私は考えています。
だってそもそも、その人とはゲームモードが違うかもしれないのですから。

因みにですが、私の人生も乙武さんとは種類が異なるものの、かなりのハードモードだと思います。

さて、あなたの人生は何モードですか?


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