生まれた時からVRを付けていると気づく事が可能なのか?


一つここで思考実験を考えてみましょう。
もしも生まれたときからVR(バーチャルリアリティー)の機械を脳内に埋め込まれた赤ん坊が大人になったときに、自分がコンピューターによって作られた仮想現実の世界に居ることに気づく事が出来るでしょうか?
勘や「何となく」ではなく、論理的に気づく方法が果たして存在するでしょうか?

これはあくまで思考実験なので、実際に目の網膜や脳の中の視覚野に直接器具を埋め込めて、見えるもの全てがVRによるCGであると仮定しましょう。
また話を簡単にするためにその他の感覚、聴覚や嗅覚などについては取り敢えず考慮しないとします。
 
実はこれは私が大学に入り、VRと言うものの存在をはじめて知ったときに真剣に考えた思考実験なのです。
当時はパソコンの雑誌などにもVRの記事がよく掲載されていました。その記事の中の一つにこの様な一文があり、私はこの思考実験を考えるきっかけになったのです。
それは、

“VRの中で石を拾って投げると、我々の世界の物理法則と同じく放物線を描いて石は落下する”

「!!」
これはたいそう面白い話ではないですか。
VRの世界はプログラムの組み方次第でどうとでもなりますから、現実の物理法則とは異なる物理法則を作ることはいくらでも可能なはずです。
我々の世界の放物線は二次曲線ですが、コンピューターで作られた”偽物の世界”ならば三次曲線だろうが四次曲線だろうがいくらでも変える事が出来るでしょう。なのでVRの世界で石を投げたら我々の世界とは違う放物線を描いても良いのです。

では仮にVRの世界の物理法則を現実と違うものにすると、大人になった赤ん坊は物理法則がおかしいことや自分がVRの世界に居ることに気づく術が果たして存在するでしょうか?
何だか映画“マトリックス”を思い出すような話ですが、皆さんはどう思いますか?

殆どの人は、生まれたときから慣れ親しんでいる世界に疑問を持つことは普通はありません。ではもしも、気づく人が居るとしたらそれはどんな人だと思いますか?
例えば石を投げたときに石が描く放物線は重力の法則によって決まっています。
ニュートンが万有引力を発見したってどういう事?に書いたとおり、これはニュートンによって発見された万有引力の法則です。
ではもしVR内の法則をプログラムで少しいじってみたとしましょう。重力は距離の2乗に反比例しますが、仮にそれを3乗や1乗に反比例するように変えてみるとどうなるでしょうか?
そこまで極端な値に変えなくても、もしも2乗を2.001乗や1.999乗の様に微妙に変えたらどうでしょうか?
 
実は私は大学一年の時にその実験をやってみました。もちろん、本当の重力の法則(ニュートンの方程式)を変えることは出来ないので(笑)、コンピューターシミュレーションにて数値を少しだけ変えて惑星の運動のシミュレーションをやってみたのです。
ええ、2.001乗に反比例する様に小さく変えてみたのですよ。
結果は面白いものでした。惑星は確かに楕円軌道を描くのですが、少しずつ位相がズレていって花びらのような軌道を描いたのです。



動画1:重力の法則を変えての計算結果。動画では分かりやすくするために、重力を距離の2.1乗に反比例するように設定しています。
 

この計算結果は“水星の近日点移動”に良く似ています。
太陽に最も近い水星は大げさに言うとこの様に花びらのような軌道を実際に描いています。

因みにアインシュタインが一般相対性理論を発表するまではこれは謎の現象であり、中には仮説として「ニュートンの方程式が間違っていて、本当は重力は2乗では無く2.001乗に反比例する」といった論文を書いた物理学者が実際に居たそうです。
まあ一般相対性理論の発表とともにそんな仮説は消え去ることになったのですけどね。ともかく、私がやったシミュレーションはそれと同様でした。

話を戻しましょう。
もし仮に地球や地球から見える宇宙までを完璧にシミュレートするVRを作り、その中の物理法則を少しだけ変えたとしましょう。
そのVRを生まれた時からずっと付けていた人は、その世界が偽物であることに気づく術はあるのか?
結論から言うと、

あります。

話があまり難解にならないように出来るだけシンプルに説明してみましょう。
もしも重力の法則や、他の法則、或いはファインチューニングの話に書いたような物理定数を現実の値と違うものにすると、人間が存在できない宇宙にしかならないのですよ。

例えば重力の法則を2乗ではなく3乗に反比例する様にVRの世界を設定すると、惑星は太陽の周りを今のような楕円軌道で回ることは出来ず、どこかに吹っ飛んでいくか太陽に落下するかのどちらかです。どちらにしても地球は生命が住めるような環境にはなりません。よって人類が、つまり自分が存在していることに矛盾が生じてしまうのですよ。

或いは、重力が3乗に反比例しているのに現実と同じ様に惑星が楕円軌道を描くように無理やりプログラムを設定すると、数学的、物理的に支離滅裂な宇宙になってしまいます。数学で表せない、そんな宇宙では綺麗な物理法則を構築することは不可能です。
よって、もしも自分がVRの世界に居ることに気づく人がいるとしたら、それは物理学者だろうと私は考えています。
何故なら彼らは、この宇宙に矛盾があることを発見できるからです。

しかしながら我々の宇宙は

”見事なまでに無矛盾”

に作られています。そして数学的に作られているのです。

因みに今回の解は、“弱い人間原理”的な考えをヒントに私が学生時代に導いたものです。

さて、ここで私から改めて問いかけます。
同じく生まれたときから現実世界と完璧に同じ物理法則を持つVRの機器を付けられて大人になった赤ん坊は、自分がVRの世界に居ることに気づくことが出来るでしょうか?
もし判別する方法があるとしたら、それはどんな方法でしょうか?
これは大変面白いテーマだと思うので、皆さんも少し考えてみてくださいね。
(映画“マトリックス”はそんな話なので、見ていない方は見てみると面白いでしょう)
 

おまけの自分語り:

私から見ると、この宇宙はかなりの手抜きです。なぜって、物理法則を見ると距離の2乗に反比例や、自然対数に従うものばかりだからです。言ってみれば、法則に多様性がないのですよ。
なので新しい方程式を学ぶたびに、いつも「またか」と思ったものです(笑)。
 
私が大学三年の時に必修科目の物理学実験で、放射線測定を行っていました。
私は実験のレポートに自作の数値計算ソフトを使ってシミュレートしたものを添えて自信満々に提出したのですが、レポートを読んだ指導教授に、

「君は自然法則がいつも対数に従うと、はなから決めつけているきらいがある。それは物理屋としてとても危険なことだよ」

と注意されました。そして少しショックを受けた顔をしていた私に教授は、
「でもなぜか不思議なことに、実際に殆どが対数に従うんだけどね」
と言って私の顔を見て微笑んでいました。
(因みにそのシミュレーションは対数を使っているものであり、そして結果的には正しいものでした)
 
なぜ重力も電力も磁力も綺麗な整数である2乗に反比例するのか? 2.00001乗や1.99999乗ではなくて。
そんなことからこの宇宙の真理を読み解いてみるのも面白いかもしれませんね。    


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