霊と唯物論



ここでの霊とは、一般に言う「幽霊」としましょう。
つまり死んで肉体の亡くなった人間が、魂だけの存在になったようなものでしょうか。

以下の話は私が高校時代に霊を信じている友人に、霊は居ない証明として話したものです。

人間の意識や心、魂とは、人間の脳というハードウェアの機能から生まれているものです。
例えば、自動車を例として出してみましょう。

自動車は、「走る」という能力(機能)を持つ機械ですね。
エンジンやタイヤなどのいろんな部品により、「走る」という能力を実現したものです。
では仮に車をスクラップにして、バラバラに潰してしまったとしましょう。
エンジンも粉々で、タイヤもゴムの粉です。もはや車としての原型は留めていません。
それなのに元の車としてあった、「走る」という能力だけを持ち続けることが可能なのでしょうか?

粉々の鉄クズから、走るという機能だけを取り出すことが出来るのでしょうか? 
ましてやその機能だけが空中を浮遊する(笑)ことなど有るでしょうか?
もちろんそんな事は現実世界では、有り得ませんよね。

これは人間の魂だって同様です。
人間の意識や心という「考える能力が」は、人間の脳のニューロンなどの働きにより生まれている機能なので、死んで燃やして灰になってしまった人間から、その「考える能力」だけを取り出したり、機能を実現する脳が無くなってしまったのにその能力だけを持ち続けることは不可能でしょう。
車など色んな機械をバラバラにしても、その「能力」だけは引き続き持ち続けることが不可能なように。
よって、霊なんてものはどう考えても居ない。

証明は以上。


その友人はこれで幽霊を信じなくなりました。
この説明はまあ、とても論理的でしょう。今これを読んで「なるほど。そのとおりだ」と納得してしまった人も居るのではないでしょうか? いえ、特定の宗教を信じていなければ90%以上の人たちは正しいと考えていると思います。
仮に宗教を信じるなどしていても、上記の説明に対し論理的に反証できる人はまあ、1%も居ないでしょう。

実はこの考え方は、”唯物論”という考え方です。
唯物論というのは、まあ簡単に言えば「この世界は全て物質で出来ていて、人間の心も脳やそれを構成する物質から生み出されている」、という考え方です。

実は1900年代初頭までは、この考え方は物理学の世界でも正しいとされていました。
時代的にはアインシュタインが活躍していた頃です。その時代までの物理学を古典物理学と言います。
ですがこの時代に量子力学という新しい物理学が発見、発明されます。
量子力学は我々の日常的な常識の感覚とは大きく外れた学問で、アインシュタインでさえも死ぬまで受け入れる事が出来なかったとされていますね。(実は量子力学の扉を開けたのはアインシュタインなのですが)

量子力学以降の物理学は現代物理学と呼ばれ、現在では量子力学は完成された学問とされています。
ですが量子力学が描き出す世界観は、唯物論を打ち砕くような世界なのですよ。

この世界は何からできているのかに書いたように、物質の全ては小さな”ひも”から出来ていて、そもそも物質自体が有るかどうかも怪しいのです。
むしろ人の心が先に有って、物質という概念を生んでいるという考え方も可能でしょうね。
実際に人間の意思が物質に影響を与えるような量子力学の実験がいっぱい有るのです。

はっきり言って、100年以上も前に物理学者が知っていたことを、現代人の99%以上の人は知らないのですよ。
それもどうでもいい話ではなくて、世界観や人生観を大きく変えることなのに、です。

例えるなら、仮に宇宙人が地球に来ているとして、それを知っている人と知らない人の差と同程度の差が、量子力学を知る人と知らない人の間には有るのです。
なのに現在に至るまで、量子力学は便利な道具を作るためにしか使われていません。(スマホなどに入っている半導体チップ、メモリなどは量子力学無くしては出来ないものです)

ただし、それと霊が存在するかどうかはまた別の話なので、そこはお間違えのないように。
(物理学は霊の有無に関しては管轄外なので、言及していません)

今回の話は極めて重要なので、良く覚えておいてくださいね。


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