意識は二つある その3

続きです。
本項は恐らくメタフェイスの中でも、実用面で最も重要な内容となります。

実は無意識はとんでもない能力を持っています。但しそれを発揮させるためには一つ目の意識であるメタ世界の意識がとても大切になります。
例えるなら「メタ世界の意識」とこの世界の脳が生む「AI意識」の関係というのは、

競馬の騎手と馬の関係

に似ています。
馬は元々走る能力を持っており、騎手が居なくても走ることが出来ますよね? また騎手は馬の様に速く走る能力は持っていません。
では騎手が居なくても馬は競馬で勝てるのでしょうか??

それは無理でしょう。馬だって走れば疲れるので放っておいても自主的には走ってくれませんし、その辺で道草でも食うかも知れません。また走ったとしても逆方向に走り出すことだってあるかも知れませんね。

当然ながら正しい道を走らせるのも、また他の馬よりも速くゴールさせるようにペース配分をするのも、ゴール前でムチを入れて全力を出させるのも、全ては騎手の仕事です。
あくまで騎手が司令塔で、馬は走る機能を持つ道具のような存在です。
これが「メタ世界の意識」と「AI意識」の関係と良く似ているのです。


ここで一つ、自らの経験に基づいた分かりやすい例を出しましょう。
私は今までに小説や雑誌の記事やウェブの記事など、色々と文章を書いてきましたが、いわゆる「筆が進まない」という経験をしたことがありません。出来ることなら体験してみたいと思っているほどです。
(もちろん実際には筆ではなくワープロを使っていますけどね(笑))

例えば私が小説を書いているときには、頭の中で勝手に登場人物がしゃべり出し、場面が展開し、ストーリーが進んでいくのを見ながら、その様を速記しているような気分になります。

しかも私はブラインドタッチ(タッチタイピング)歴が30年以上あってかなりタイプは速い方だと思いますが、それでも手が追いつかないほどの勢いでこれらが進みます。
もし意識がこれを制御せず、ずっと放っておけばきっと寝食を忘れ餓死するまでいつまでも書き続けることでしょう。(実際に昔はトイレに行くのを忘れて膀胱炎になりかけたことが何度もあった)

ではこの時に小説のストーリーを勝手に進めているのは一体誰なのでしょうか?
メタ世界の私の意識でしょうか? それともこの世界の脳から生まれているAI意識でしょうか?
これは明らかにAI意識の方だと思われます。私の脳から生まれているAI意識が先述の例のコップを手に取る如く、私に文章を書かせているのですよ。

当然ながら脳の中に無い言葉や知識や記憶が出てくることはないし、実際には脳で考えて書いているのでしょうが、本人の感覚としては「書かされている」に近いのです。
これについては同様のことを言っている漫画家さんなんかは多いみたいですよ。

ん? 私が特殊だって?
そんなことはありませんよ。例えば、オチも目的も無い女子トークってありますよね?(笑)
あれもなかなか凄いと思いますが、彼女たちの会話は何時間でも言葉が途切れずに続きますよね?
あれだって別に「これを言ってやろう」と考えているわけではなく、それこそ無意識(AI意識)が勝手に言葉を頭の中に流し、ただそれを口にしているのだと思います。だから会話に脈絡が無いことが多いのでしょう。

他にもマラソンで走る、ピアノを弾く、歌うなどジャンルの違いはあれど似たような感覚になる人が居るのではないでしょうか?

これらは全てもう一つ意識である、無意識(AI意識)が最大限に能力を発揮している状態です。実はその状態のことを私は「変性意識状態」と呼んでいたのですよ。
無意識は確かに意思決定の邪魔をしたり怠ける方に人を誘導することもありますが、上手くコントロールすれば高い能力を発揮するのです。

つまりこの世界で何らかの結果を出すとは、実際には「無意識を上手に使うこと」を指すのです。
知識を身に付け、目的を設定し、司令塔である意識が上手にコントロールすれば、オチの無い女子トークも中身のある小説に変わる可能性があるのですよ。


前述の通りこの無意識(AI意識)はマスターコンピューターのコードなので、いわばAIの一種です。
そしてどうやらこのAIが意識の束縛から離れると、自分が思っている以上のパフォーマンスを発揮するようなのですよ。

先ほど「このAIをコントロールする騎手の役目が意識だ」と言ったのに、その制御を失ったAIが最大のパフォーマンスを発揮するとはどういう事? というより矛盾では? と思った方が多いでしょう。ですがこれはどちらも正しいのですよ。

確かに無意識という名のAIはデフォルト(初期設定)では無学習なので、恐らく本能プラスαしか入っていません。
これは機械学習(ディープラーニング)をする前のAIと全く同様です。

よって通常は意識がこのAIをコントロールする必要があるのですが、AIが学習を積むにつれてベテランの競走馬の様に司令塔が居なくても自主的に最適に動く様になるのですよ。
これはスポーツなどではごく当たり前とされていますよね? いわゆる「頭でなく体で覚える」というやつです。

つまりAI意識に機械学習をさせること自体が、意識による(最)重要なコントロールの一つなのです。(実際に人間の脳とディープラーニングは全く同じ仕組みです)

もし最適な走りが出来る競走馬に下手な騎手が乗るとそれが枷となり、逆に遅くなってしまうでしょう。
仮に騎手が居ても居なくても競走馬が全く同じように走る能力を持っているとしたなら、騎手を乗せると重くなる分、騎手を乗せた馬の方が不利です。
実際に私は騎手がスタート直後に落馬した馬が一等になったレースを見たことがありますので、騎手の体重は思っている以上にハンデなのでしょう。また騎手は何らかの理由でミスをする事だってありますからね。

つまり最高の騎手の指示と互角の能力を持つ馬ならば、騎手の存在は足かせになるだけなのです。
同様にして上手に無意識に機械学習をさせてやって意識がそれを抑え込まずに解放してやれば、AI意識はとてつもなく高いパフォーマンスを発揮する事があるわけです。

正直に言って、十分且つ正しい機械学習を積んだAIならば意識が邪魔をすることの方が多いのですよ。
例えば過去の経験や常識に捕われたり、羞恥心で二の足を踏んだり周りの目を気にしたり、同調圧力に負けたり……。

意識が足を引っ張る具体的な例を挙げるなら、英会話学校などで本当はもっとアメリカ人の様な英語の発音が出来そうなのに、周りに居る日本人の視線が気になってわざと日本語っぽい発音の英語を話したり、演劇で本当はもっと役に入り込めるのに恥ずかしいからわざと下手な芝居をしたり、カラオケに行ったときに本当はもっと感情移入して大声で歌えるのに周りの目を気にしてわざと小さな声で淡々と歌ったり……etc。

これらの経験は実際に良くありますよね?

或いはスポーツに於いても試合や本番で緊張して練習通りのプレイが出来ないのも、または勝てそうになると欲や邪念が無意識の邪魔をして突然、本来のプレーが出来なくなるのも、メタ世界の意識が考えすぎて無意識の邪魔をするからです。
よって十分なスキルを身に付けたなら、メタ意識の足かせから無意識を解放してあげれば良いのです。出来れば訓練段階から!
実際にスポーツに於けるメンタルトレーニングとは、要するにこの足かせを外した状態を保つ訓練のことを指すのでしょう。

一般に言うところの「ゾーン」、私の言葉を使うなら「変性意識」というものの正体は、おそらくこれだと考えています。
例えるなら十分な訓練を積んだ有能な競走馬と優秀な騎手がシンクロし、騎手の意を馬が勝手に察して最高の走りをしているような状態です。

もちろん、変性意識状態に入れば誰でも凄い結果が出るわけではありません。当然ながらAI意識が持っている性能以上の結果は出ませんからね。

そしてAI意識の性能というのは、機械学習の内容とAIを動かしているプログラムの性能で決まります。
これを日常的な言葉で言えば、

「訓練とDNAで決まる」

ということです。

続く……。

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